ナミマチブログ
大人のホームステイ 前編
お盆休みも終わり、またいつもの日常に戻った人も多いのではないでしょうか。 仕事、家族、いつもの生活リズム。忙しい毎日の中で、たまにはそこから少し離れて、違う場所で違う時間を過ごしてみる。 僕たちがニュージーランド・タラナキで考えているのは、そんな「大人のホームステイ」です。 旅行ではなく、暮らしてみる ホテルに泊まり、観光地を巡る旅行も楽しい。 でも、旅行ではなかなか見ることのできない「普通のニュージーランドの生活」があります。 スーパーへ買い物に行ったり、一緒にご飯を食べたり、近所を散歩したり。 そんな何気ない日常の中に、その土地の本当の魅力があると思っています。 だから僕たちは、BeStoke Taranaki Surf Houseを、単なる宿泊場所ではなく、ニュージーランドの暮らしを体験できる場所にしたいと考えています。 ホテルのお客さんではなく、少しの間だけ家族の一員になる。 それが僕たちの考える「大人のホームステイ」です。 大人だからこそ楽しめる時間 学生の頃のホームステイとは違い、英語の勉強や留学が目的でなくてもいい。 仕事を辞める必要もありません。 ただ、少しだけ自分の時間を作って、いつもの生活から離れてみる。 一緒にご飯を食べたり、海へ行ったり、くだらない話をしたり。何も予定がない日は、何もしない。 そんな自由な時間の中で、今まで気づかなかった自分や、パートナーの一面に出会うこともあるかもしれません。 タラナキで暮らす タラナキには、海と山があります。 Mount Taranakiを眺めながら海へ向かう。そんな暮らしが、ここでは日常です。 サーフィンをする人はもちろん、しない人にも、この場所のゆっくりとした空気を感じてもらえると思います。 数日でも、数週間でも、いつもの生活から少し離れてみる。 人生を大きく変える必要はありません。 ただ、自分自身を見つめ直す時間を作る。 僕たちは、そんな時間をニュージーランド・タラナキで過ごしてもらえたらと思っています。
大人のホームステイ 前編
お盆休みも終わり、またいつもの日常に戻った人も多いのではないでしょうか。 仕事、家族、いつもの生活リズム。忙しい毎日の中で、たまにはそこから少し離れて、違う場所で違う時間を過ごしてみる。 僕たちがニュージーランド・タラナキで考えているのは、そんな「大人のホームステイ」です。 旅行ではなく、暮らしてみる ホテルに泊まり、観光地を巡る旅行も楽しい。 でも、旅行ではなかなか見ることのできない「普通のニュージーランドの生活」があります。 スーパーへ買い物に行ったり、一緒にご飯を食べたり、近所を散歩したり。 そんな何気ない日常の中に、その土地の本当の魅力があると思っています。 だから僕たちは、BeStoke Taranaki Surf Houseを、単なる宿泊場所ではなく、ニュージーランドの暮らしを体験できる場所にしたいと考えています。 ホテルのお客さんではなく、少しの間だけ家族の一員になる。 それが僕たちの考える「大人のホームステイ」です。 大人だからこそ楽しめる時間 学生の頃のホームステイとは違い、英語の勉強や留学が目的でなくてもいい。 仕事を辞める必要もありません。 ただ、少しだけ自分の時間を作って、いつもの生活から離れてみる。 一緒にご飯を食べたり、海へ行ったり、くだらない話をしたり。何も予定がない日は、何もしない。 そんな自由な時間の中で、今まで気づかなかった自分や、パートナーの一面に出会うこともあるかもしれません。 タラナキで暮らす タラナキには、海と山があります。 Mount Taranakiを眺めながら海へ向かう。そんな暮らしが、ここでは日常です。 サーフィンをする人はもちろん、しない人にも、この場所のゆっくりとした空気を感じてもらえると思います。 数日でも、数週間でも、いつもの生活から少し離れてみる。 人生を大きく変える必要はありません。 ただ、自分自身を見つめ直す時間を作る。 僕たちは、そんな時間をニュージーランド・タラナキで過ごしてもらえたらと思っています。
BeStoke Taranaki Surf House
僕には、ずっと心の中で描いていた夢がありました。 それは、「サーフハウス」をつくること。 ただ泊まる場所ではなく、日本のSJS Custom Crew/BeStoke Crew (勝手にSjs サーフボードユーザーをクルー(家族)と言わせてもらってます) のみなさんが、ニュージーランドのライフスタイルやサーフカルチャーを体感できる ”みんなの家” のような場所です。 そして今、その夢が少しずつ現実になろうとしています。 現在、僕はニュージーランド・タラナキ地方の小さなビーチビレッジŌakura(オアクラ)に住んでいます。 ニュープリマスの街から車で15分ほどで人口約2000人弱の小さなビーチタウン。 でも、ビーチがあり、山あり、人がいて、自然がある。 ここには、毎日がホリデーのような穏やかな時間が流れています。 静かな場所ですが、そこに暮らす人たちには、しっかりとした芯があります。 サーフィンやビーチカルチャーを通して人と人がつながり、子どもから大人まで海を通じて人生を学ぶ文化があります。 地元の「Ōakura Boardriders」では、キッズから大人まで一緒になってサーフィンを楽しみそこから学び、小さなサーフショップには地域の人たちが自然と集まります。 そんな空気感こそが、この町の一番の魅力だと思っています。 僕は、このタラナキの素晴らしさ、そしてニュージーランドの素晴らしさを、日本のみなさんにも知ってもらいたい。 観光では味わえない、ニュージーランドの日常を体験してもらいたい。 そんな想いから BeStoke Taranaki Surf House をスタートすることにしました。 実は最近引っ越しをし、新しい家にはゲストルームがあります。...
BeStoke Taranaki Surf House
僕には、ずっと心の中で描いていた夢がありました。 それは、「サーフハウス」をつくること。 ただ泊まる場所ではなく、日本のSJS Custom Crew/BeStoke Crew (勝手にSjs サーフボードユーザーをクルー(家族)と言わせてもらってます) のみなさんが、ニュージーランドのライフスタイルやサーフカルチャーを体感できる ”みんなの家” のような場所です。 そして今、その夢が少しずつ現実になろうとしています。 現在、僕はニュージーランド・タラナキ地方の小さなビーチビレッジŌakura(オアクラ)に住んでいます。 ニュープリマスの街から車で15分ほどで人口約2000人弱の小さなビーチタウン。 でも、ビーチがあり、山あり、人がいて、自然がある。 ここには、毎日がホリデーのような穏やかな時間が流れています。 静かな場所ですが、そこに暮らす人たちには、しっかりとした芯があります。 サーフィンやビーチカルチャーを通して人と人がつながり、子どもから大人まで海を通じて人生を学ぶ文化があります。 地元の「Ōakura Boardriders」では、キッズから大人まで一緒になってサーフィンを楽しみそこから学び、小さなサーフショップには地域の人たちが自然と集まります。 そんな空気感こそが、この町の一番の魅力だと思っています。 僕は、このタラナキの素晴らしさ、そしてニュージーランドの素晴らしさを、日本のみなさんにも知ってもらいたい。 観光では味わえない、ニュージーランドの日常を体験してもらいたい。 そんな想いから BeStoke Taranaki Surf House をスタートすることにしました。 実は最近引っ越しをし、新しい家にはゲストルームがあります。...
グリーンスクール初訪問。僕が感じた教育の話
先日、友人に誘われて、家の近く、ニュージーランド・タラナキにある「グリーンスクール」のイベントへ行ってきました。 世界に数校しかない学校のひとつで、日本でも名前を聞いたことがある人は多いかもしれません。 最初に言っておきますが、僕には子どもはいませんし、教育について語れるような知識もありません。 これは教育論ではなく、45歳の僕が、その場で感じたことを書いた一つの記録です。 僕は1980年生まれ。 義務教育を受けたのは80年代後半から90年代です。 小さな村の小学校、中学校。 今思えば、とても「昭和らしい」教育だったと思います。 右向け右。 みんな同じ。 個性より協調性。 先生の言うことを聞くことが正しく、部活動では根性論も当たり前。 先輩からは今では考えられないようなしごきも受けました。 もちろん、それが悪いことばかりだったとは思いません。 あの頃に鍛えられた精神力や、最後までやり抜く力は、今の自分の仕事にも確実につながっています。 だから、あの教育を否定するつもりはありません。 でも今振り返ると、子ども一人ひとりが持っていた「個性」という小さな芽は、知らないうちに先生方が大人の事情で扱いやすい様にトリミングされていたようにも感じます。 ニュージーランドへ来てから、ワーキングホリデーで来ている20代の日本人と話す機会がよくあります。 驚くのは、その感覚です。 いい意味で肩の力が抜けています。 でも決して弱いわけではありません。 自分の考えを持ち、自分の好きなことを知っていて、芯がしっかりしている。 そして何より、一人ひとりの個性がとても魅力的です。 「みんな違って、それが普通。」 そんな空気を自然にまとっている人が多い気がします。 特にサーファーの子たちはその感覚が確立してて板もサーフィンスタイルカッコいい。 今回訪れたグリーンスクールでも、それを強く感じました。 僕が見た限りでは、 先生が子どもを教えるというより、...
グリーンスクール初訪問。僕が感じた教育の話
先日、友人に誘われて、家の近く、ニュージーランド・タラナキにある「グリーンスクール」のイベントへ行ってきました。 世界に数校しかない学校のひとつで、日本でも名前を聞いたことがある人は多いかもしれません。 最初に言っておきますが、僕には子どもはいませんし、教育について語れるような知識もありません。 これは教育論ではなく、45歳の僕が、その場で感じたことを書いた一つの記録です。 僕は1980年生まれ。 義務教育を受けたのは80年代後半から90年代です。 小さな村の小学校、中学校。 今思えば、とても「昭和らしい」教育だったと思います。 右向け右。 みんな同じ。 個性より協調性。 先生の言うことを聞くことが正しく、部活動では根性論も当たり前。 先輩からは今では考えられないようなしごきも受けました。 もちろん、それが悪いことばかりだったとは思いません。 あの頃に鍛えられた精神力や、最後までやり抜く力は、今の自分の仕事にも確実につながっています。 だから、あの教育を否定するつもりはありません。 でも今振り返ると、子ども一人ひとりが持っていた「個性」という小さな芽は、知らないうちに先生方が大人の事情で扱いやすい様にトリミングされていたようにも感じます。 ニュージーランドへ来てから、ワーキングホリデーで来ている20代の日本人と話す機会がよくあります。 驚くのは、その感覚です。 いい意味で肩の力が抜けています。 でも決して弱いわけではありません。 自分の考えを持ち、自分の好きなことを知っていて、芯がしっかりしている。 そして何より、一人ひとりの個性がとても魅力的です。 「みんな違って、それが普通。」 そんな空気を自然にまとっている人が多い気がします。 特にサーファーの子たちはその感覚が確立してて板もサーフィンスタイルカッコいい。 今回訪れたグリーンスクールでも、それを強く感じました。 僕が見た限りでは、 先生が子どもを教えるというより、...
ケリー・スレーターが、小さなファクトリーを訪れた日
すべての始まりは、SNSの何気ない投稿だった。 スコティーの友人が、Sjsでオーダーしたボードの写真をインスタグラムにアップした。そして冗談半分で、こんな一言を添えてケリー・スレーターをタグ付けした。 「おいケリー、このボード最高だぞ。」 まさか本人が反応するなんて、誰も思っていなかった。 ところが後日、スコティーのもとにケリー本人からメッセージが届く。 「そのボード、かなり良さそうだね。」 そこから少しずつやり取りが始まった。 「オーストラリアに行くタイミングがあれば、ファクトリーに寄るよ。」 とはいえ、スコティー自身も半信半疑だったらしい。 世界一有名なサーファーのひとりだ。きっと社交辞令みたいなものだろう、と。 それでも、ときどきメッセージは届いた。 そして今年3月。 僕がBeStoke/SJS Custom Japanのオーストラリアトリップの最中だった。 サーフポイントへ向かう車の中で、スコティーが何気なく言った。 「あそこ、ケリーの家だよ。」 さらに、 「たぶん昨日、オーストラリアに来てるはず。」 そんな話を冗談みたいにしていた翌日、ファクトリーで現実になる。 作業中、スコティがスマホを見ながら顔を上げた。 「おい、大変だ。」 画面にはケリーからのメッセージ。 「今オーストラリアにいる。タイミングが合えば今週金曜日ファクトリーに行きたい。」 (真剣な表情でケリーに返信するスコティー) 本当に来るのか。 あのケリー・スレーターが。 正直、その場にいた誰もが少し信じられなかった。 ただ、そのときはお互いに家族や仕事の都合もあって実現できず、一度は流れそうになった。...
ケリー・スレーターが、小さなファクトリーを訪れた日
すべての始まりは、SNSの何気ない投稿だった。 スコティーの友人が、Sjsでオーダーしたボードの写真をインスタグラムにアップした。そして冗談半分で、こんな一言を添えてケリー・スレーターをタグ付けした。 「おいケリー、このボード最高だぞ。」 まさか本人が反応するなんて、誰も思っていなかった。 ところが後日、スコティーのもとにケリー本人からメッセージが届く。 「そのボード、かなり良さそうだね。」 そこから少しずつやり取りが始まった。 「オーストラリアに行くタイミングがあれば、ファクトリーに寄るよ。」 とはいえ、スコティー自身も半信半疑だったらしい。 世界一有名なサーファーのひとりだ。きっと社交辞令みたいなものだろう、と。 それでも、ときどきメッセージは届いた。 そして今年3月。 僕がBeStoke/SJS Custom Japanのオーストラリアトリップの最中だった。 サーフポイントへ向かう車の中で、スコティーが何気なく言った。 「あそこ、ケリーの家だよ。」 さらに、 「たぶん昨日、オーストラリアに来てるはず。」 そんな話を冗談みたいにしていた翌日、ファクトリーで現実になる。 作業中、スコティがスマホを見ながら顔を上げた。 「おい、大変だ。」 画面にはケリーからのメッセージ。 「今オーストラリアにいる。タイミングが合えば今週金曜日ファクトリーに行きたい。」 (真剣な表情でケリーに返信するスコティー) 本当に来るのか。 あのケリー・スレーターが。 正直、その場にいた誰もが少し信じられなかった。 ただ、そのときはお互いに家族や仕事の都合もあって実現できず、一度は流れそうになった。...
失って獲れたもの
僕は28年間日本で生まれ育ち、「働いていないと不安になる」という感覚が当たり前のように身についていた。 仕事があることが安心で、止まることはどこか悪いことのように感じていた。 僕は今ニュージーランドで車の塗装屋さんのサブコントラクター(請負の仕事って言えばいいかな)として週30〜40時間働いていたが、その仕事が先方の都合で終わることになった。 最初に出てきたのは不安と焦りだった。「これからどうするか」という感覚。 でもローカルにその話をすると、返ってきたのは全く違う反応だった。 「おめでとう、今は波がいい時期じゃないか」 その言葉をきっかけに、価値観が少しずつ揺れ始めた。 彼らにとって仕事は人生の中心ではない。 波が良ければ海へ行き、悪ければ働く。お金は必要な分だけでいい。 “働くために生きる”ではなく “生きるために働く”という感覚が自然にある。 一方で僕は日本の両親とたまに電話で話すと、必ず「仕事はしているのか?」と必ず聞かれる。 「人生が充実しているか」と聞かれた事は今まで一度も無い。 その違いに、自分の中にも日本的な価値観が深く根付いていることに気づく。 45歳で仕事が一度止まった今、不安はある。 でもそれは働いていた時にも確かにあったものだ。 だったらどちらを選ぶのか。 忙しさの中の不安か、自由のある中の不安か。 答えはまだ途中にあるけれど、ニュージーランドで出会った生き方は確かに静かで豊かだった。 そして今、自分もそのリズムに少しずつ近づいている。
失って獲れたもの
僕は28年間日本で生まれ育ち、「働いていないと不安になる」という感覚が当たり前のように身についていた。 仕事があることが安心で、止まることはどこか悪いことのように感じていた。 僕は今ニュージーランドで車の塗装屋さんのサブコントラクター(請負の仕事って言えばいいかな)として週30〜40時間働いていたが、その仕事が先方の都合で終わることになった。 最初に出てきたのは不安と焦りだった。「これからどうするか」という感覚。 でもローカルにその話をすると、返ってきたのは全く違う反応だった。 「おめでとう、今は波がいい時期じゃないか」 その言葉をきっかけに、価値観が少しずつ揺れ始めた。 彼らにとって仕事は人生の中心ではない。 波が良ければ海へ行き、悪ければ働く。お金は必要な分だけでいい。 “働くために生きる”ではなく “生きるために働く”という感覚が自然にある。 一方で僕は日本の両親とたまに電話で話すと、必ず「仕事はしているのか?」と必ず聞かれる。 「人生が充実しているか」と聞かれた事は今まで一度も無い。 その違いに、自分の中にも日本的な価値観が深く根付いていることに気づく。 45歳で仕事が一度止まった今、不安はある。 でもそれは働いていた時にも確かにあったものだ。 だったらどちらを選ぶのか。 忙しさの中の不安か、自由のある中の不安か。 答えはまだ途中にあるけれど、ニュージーランドで出会った生き方は確かに静かで豊かだった。 そして今、自分もそのリズムに少しずつ近づいている。
大きなイベントのたびに思い出す、ニュージーランドの記憶
もうすぐラグランでWSLのイベントが始まる。 ニュージーランドで大きなイベントの話題になるたび、僕はいつも思い出す景色がある。 2014年。 まだ僕がオークランドに住んでいた頃、Eminem のライブが開催された。 会場は5万5千人規模。会場のWestanSpringsという郊外の、大きな公園が満杯になったと今でも語られている程の規模感だ。 当時のニュージーランド人口から考えると、100人に1人以上がそのライブに行っていた計算になるくらい、大きなイベントだった。 でもその日、僕たちは街の小さなライブへ向かっていて、バスに乗っていた。 途中、エミネムのライブへ向かう若者グループが乗り込んできた。 もうベロベロでキマっている感じで、車内は一気にフェスみたいな空気に。 何かの会話をきっかけに、突然みんなでエミネムのラップを歌い出したりしていた。 運転手さんも 「お前ら静かにしろよ〜」 なんて言いながら、どこか笑っていたのを覚えている。 しばらくして、小さな子供を二人連れた母親が乗ってきた。 でも車内は満席。 その瞬間、騒いでいた若者たちが、すぐに席を譲った。 僕はその時、少し恥ずかしくなった。 勝手なイメージで彼らを見ていたこと。 そして、すぐ動けなかった自分。 ニュージーランドにいると、こういう瞬間によく出会う。 騒いでいても、ちゃんと周りを見ている。 自然に助け合い、声を掛け合う。 WSLみたいな大きなイベントの話題になるたび、なぜか僕はあの日のバスを思い出す。 僕はこの国が本当に好きだ。 そして、この国の人たちから学ぶことは今でも本当に多い。
大きなイベントのたびに思い出す、ニュージーランドの記憶
もうすぐラグランでWSLのイベントが始まる。 ニュージーランドで大きなイベントの話題になるたび、僕はいつも思い出す景色がある。 2014年。 まだ僕がオークランドに住んでいた頃、Eminem のライブが開催された。 会場は5万5千人規模。会場のWestanSpringsという郊外の、大きな公園が満杯になったと今でも語られている程の規模感だ。 当時のニュージーランド人口から考えると、100人に1人以上がそのライブに行っていた計算になるくらい、大きなイベントだった。 でもその日、僕たちは街の小さなライブへ向かっていて、バスに乗っていた。 途中、エミネムのライブへ向かう若者グループが乗り込んできた。 もうベロベロでキマっている感じで、車内は一気にフェスみたいな空気に。 何かの会話をきっかけに、突然みんなでエミネムのラップを歌い出したりしていた。 運転手さんも 「お前ら静かにしろよ〜」 なんて言いながら、どこか笑っていたのを覚えている。 しばらくして、小さな子供を二人連れた母親が乗ってきた。 でも車内は満席。 その瞬間、騒いでいた若者たちが、すぐに席を譲った。 僕はその時、少し恥ずかしくなった。 勝手なイメージで彼らを見ていたこと。 そして、すぐ動けなかった自分。 ニュージーランドにいると、こういう瞬間によく出会う。 騒いでいても、ちゃんと周りを見ている。 自然に助け合い、声を掛け合う。 WSLみたいな大きなイベントの話題になるたび、なぜか僕はあの日のバスを思い出す。 僕はこの国が本当に好きだ。 そして、この国の人たちから学ぶことは今でも本当に多い。