ワイタンギ・デイ サーファー移民、日本人の民族感覚

ワイタンギ・デイ サーファー移民、日本人の民族感覚

 


2月6日、ニュージーランドはワイタンギ・デイという祝日


そもそも、ワイタンギ条約って何?

ワイタンギ条約は、

1840年にマオリの首長たちイギリス王室の間で結ばれた約束。

ざっくり言うと、

イギリスはこの土地を統治する

その代わり、マオリの土地・資源・文化は守る

という約束だった。

ただし問題は、

英語版とマオリ語版で意味がズレていたこと。

イギリス側は「主権をもらった」と思い、

マオリ側は「統治を一部任せただけ」と理解していた。

ここが、今も続く歴史や様々な問題点のすべての出発点になっている。


 

最初の頃、正直僕は

「休みだ最高!!」くらいの感覚だった。


でも今は、この日が来るたびに、

日本の田舎の村で育った自分の原点を思い出す。


僕は福島県の小さな農村で育った。

家の裏は山で、周りは田んぼと川があって、

季節ごとに風の匂いも、水の音も変わる場所だった。

 

風が吹けば山の木々は鳴り。

大雨が降れば川も暴れる狂う。

誰の所有かはっきりしてなくても、

「ちゃんと扱わなきゃいけない場所」だった。


今思うと、あれはもう文化というより感覚だったと思う。


マオリの土地感覚は、日本の里山に近い


マオリの考え方に触れるたびに、

「ああ、これ知ってるな」って感覚になる。


土地は“持つもの”じゃなくて、

預かって、次に渡すもの


山も、川も、海も、

祖先と子どもたちをつなぐ途中の存在。


それって、日本の里山文化の感覚とかなり近いと思う。


白人の「所有する」「線を引く」感覚とは、

根っこが違う。


海も、ただのプレイグラウンドじゃない


サーファーとしてこの国の海に入っていると、

ふと考えることがある。


ここはただのサーフスポットじゃなくて、

マオリにとっては祖先の海だったんじゃないか、って。


日本で言えば、

地元の鎮守の森や、御神木。

子どもの頃に泳いでたその森から流れる川みたいなものだと思う。


波は誰のものでもないけど、

場所には記憶がある


ワイタンギ条約は「約束」の話


ワイタンギ条約って、

法律とか政治の話として語られがちだけど、

マオリ側からすればもっとシンプルで、


「守るって言ったよね?」

「約束したよね?」


って話なんだと思う。


日本人の感覚で言えば、

代々守ってきた山を、

ある日突然「国のものだから」って言われる感覚に近い。


そりゃ、簡単に割り切れる話じゃない。


移民サーファーとして、マオリ寄りでいる理由


僕はマオリでもないし、

この国で生まれたわけでもない。


でも、

里山で育った日本人として、

マオリの土地感覚にはすごく共感する。


だから、白か黒かじゃなくて、

ただ少しマオリ寄り(自然信仰派って言えば良いかな)でいたい。


海に入る前に、

この場所の歴史があることを思い出すこと。


それだけで、

ニュージーランドでサーフィンする意味が、

ちょっと深くなる気がしている。

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